2015年1月25日日曜日

読書の「偶然」

15日の「『太陽の棘』--原田マハの「美術小説」という文章の最後に、この作家に60年代以降の前衛芸術を担ったフルクサスのアーティストたちについて書いてほしい、と書いたが、しばらく前に図書館で、小説ではなく評論『アメリカを変えた日本人--国吉康雄、イサム・ノグチ、オノ・ヨーコ』(久我なつみ・朝日新聞社)に出会った。

筆者は、「太平洋戦争勃発前にアメリカに渡り、戦禍にまきこまれた3人のアーティスト」すなわち上記の美術家たちの国境を越えた活動を、戦前・戦後の日米関係の歴史を織り交ぜながら書いている。したがって、本書は歴史書として、現代美術史として、あるいは3人の作家論としても読むことができる。後半には、第二次世界大戦中、日系人たちが強制収容された場所のひとつ、マンザナールへの筆者の訪問記録があり胸をうたれる。

美術に関しては、感心したのはフルクサスについての記述だった。こんなに生き生きとフルクサスの歴史や活動について記述した本をこれまで読んだことがなかった。「第一次世界大戦中に生まれたダダと第二次世界大戦後に生まれたフルクサス」「禅とフルクサス」「ジョン・ケージとフルクサス」「マチューナスとフルクサス」など、興味深いテーマが取り上げられ教えられるところが多かった。

3人の美術家のうちでは、オノ・ヨーコについての記述が一番多い。個人的にも、彼女の作品の中で、音楽・美術・文学・パフォーマンスなど様々な要素を含む『グレープ・フルーツ』が大好きだった。しかし、この作品の影響を受けて、ジョン・レノンが名曲「イマジン」を生み出したのだとはこの本を読むまで知らなかった。

本書を読み終えた後、同じ筆者による別の本『フェノロサと魔女の町』、そして『イサム・ノグチ--宿命の越境者』(ドウス昌代)などを読んでみた。前者では、明治時代に来日し、海外へ日本美術の紹介に努めたフェノロサが出生地アメリカ、ニューイングランドではその業績がほとんど残されていないのはなぜか、筆者がその謎を解くために現地で追跡の旅を続ける。フェノロサは最後には仏教に帰依し滋賀県の法明寺に埋葬されたという。

また、後者はノンフィクションにもかかわらず、筆者の長年にわたる取材により、イサム・ノグチの波乱万丈の生涯が克明に描写されていて、事実は小説より奇なりとはこのことかと思うほどであった。

最後に「偶然」について。久我さんは『アメリカを変えた日本人』の中で、次のように書いている。

-- ダダイズムは、亡命者の芸術なのだ。戦火を逃れ、異郷にさまよった人々。無数の同胞が死んでいったが、自分たちはたまたま命を長らえた。生死を分けたのは、偶然だった。偶然こそが人生だ--。
 そんな意識を強くもったダダイストだからこそ、偶然性をアートにし、典雅な宮廷音楽を撹乱するノイズを重視し、廃物のオブジェをつくって、既成芸術と訣別したのだった。









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